月曜日, 2月 05, 2007

北海道・時計まわり3

注・2005年9月の記憶をのんびりと掘り起こしています。


神威岬


余市を後にし、小樽、石狩と走りやすいけれど単調な道路を飛ばします。天気は高曇りで石狩平野に入ったあたりで風が少し強くなってきました。このあたりは工業地帯なので自転車で走るには退屈なところです。そうやって少し退屈し始めると、休憩がてら路傍の野菜即売所に寄ることにしています。石狩のとある即売所に寄ったときのこと。店番をしているおばちゃんに飯でも食べて行け、とおにぎりとお茶をいただきました。そして、おばちゃんの自慢の息子の話となかなか嫁にいかない長女の話を聞かされるのです。おばちゃんの子供の年代と僕の年代が重なっていたので、自然と子の話がでるのでしょう。そんな我子と自転車で旅ををする見ず知らずの同世代の僕を見ておばちゃんは何を思うのでしょうか。いつだったか、自分の息子じゃないから僕のように旅をしたり、山をやったり、海外で働こうとしている若者をみると応援したくなる、みたいなことを友人の母親から言われたことがありました。それを聞いたとき、あなたのお母さんは大変なのよ、と言われたような気がして少し気持ちが萎えました。何か言いたそうなおばちゃんに”しょーもないですね、いい年して自転車旅行なんて”と自分で言っておきました。人にそれを言われると何だか悲しくなってしまうから、自分で先に言ったのです。即売所のおばちゃんは沢山の形の悪い野菜を僕に持たせ、気をつけて走りなさい、と送り出してくれました。

天気が崩れそうなので石狩から先、トンネルとアップダウンの多い雷電海岸を敬遠し、内陸のルートを取ることにしました。このあたりは米どころのせいかよく言えば平和、悪く言えば単調です。しかし単調であればあるほど自転車を漕ぐことに集中してしまうものです。とにかく漕ぎます。そして夕刻が近づく頃、浦臼という町の温泉とキャンプ場が合体したような施設があったのでそこに泊まりました。



浦臼町 鶴沼公園にて

翌日は、滝川町、雨竜町を通りつつ、暑寒別岳の北東を回り込むように再び海岸へ向けて下って行きます。ここは留萌本線と平行しており風情のある無人駅があります。かつて留萌港に石炭を運ぶために作られた鉄道なので、幾世代か前の人々の開拓魂を称える石碑などもありました。無人の駅舎の中には旅人のためのノートが置いてあり、鉄道ファンの老若男女がそれぞれの想いを綴っています。この路線すべての駅で下車することを目標に旅する者、駅舎で野宿しながら北海道すべての列車を乗らんとする者。折りたたみ自転車と鉄道を駆使して北海道を巡る者などなど。夏も終わり秋に入った北海道を移動していると、所々にあるこういったノートのお陰で、夏の間にこの大地を旅した人々の記憶の欠片を感じることができました。夏の熱気に乗り遅れたことが少し寂しいような気がします。でもその寂しさは、“侘しさ”というまたある意味心地良い感覚でもありました。




留萌本線 藤山駅 / 風に乗って北へ

距離はありましたが全体的に下りだったので早々と留萌に到着です。また海岸線に戻ってきました。ここには北海道旅行者には有名なライダーハウスがあります。なぜ有名かというと、旅人自主管理、無料の宿だからでしょうか。商店街の町おこしの一環として作られたので、商店街の中の一角にあり、一階はガレージのような駐輪場および台所になっており、二階は70人ぐらいは泊まれそうなだだっ広い部屋になっていました。管理人の兄さんに泊まりたい、というとちょっとした書類にサインし、それで手続き完了。居たければシーズンが終わるまでいれるのではないでしょうか。季節労働の口を見つけて、ここから通勤する人もいるそうです。管理人だと思っていた兄さんも実は旅人で、なぜか長居しちゃってるんですよね~、とぼやく旅人なのでした。夕刻になるとどこからともなくライダー、チャリダーが集結しにぎやかな夜になりました。真夏はもっと賑やかだったそうです。




日本海 / 天塩、嵐の前

留萌から稚内までは200kmほど延々と続く海岸線の道です。ここは実に北海道らしい雄大なエリアです。特に峠があるわけでもなければトンネルが多いわけではないのですが、この道程は体力的に厳しいものがありました。留萌から天塩までは無数のアップダウンがボディーブローのよう体力を吸い取り、天塩から稚内までは自転車の天敵・向かい風と雨の洗礼を受けました。ライダー憧れのオロロンラインと呼ばれる海岸線を一直線に貫く道路も、次々とやってくる雨雲と絶え間ない向かい風で北海道中最も厳しかった道として記憶されています。ガイドブック等でオロロンライン=一直線に伸びる道+緑の草原+青い空、と紹介されているのを見るたびに何だか違和感を感じてしまうほどです。色々な気象条件に晒されていることが自転車の良いところです。そのときの暑寒、苦楽という感覚が記憶に深く刻まれることはやはり体験として上質なものだと思います。でも、走っているときは風雨に罵声を浴びせたり、チキショーとやるせない呻き声を出したりと結構情けないものではあります。でも記憶とは便利にできているもので、そんなことはすぐに忘れてしまうのです。








利尻島に掛かる虹 / オロロンライン

そんな海岸線を天塩のライダーハウスで一泊し、二日間で漕ぎ抜きました。天気予報の晴天日に利尻岳を合わせるため、無理をして稚内から利尻島へ向かう最後のフェリーに滑り込みました。陸が荒れ模様なら海もまた同様、いやそれ以上でしょう。自転車以外の乗り物にめっぽう弱い僕は、なす術もなく疲労と激しい船酔いにやられてしまいました。利尻までの乗船時間が果てしなく長く感じられ、まるで自分がどろどろのヘドロになってしまったような気すらしました。しかし苫小牧から13日目。憧れの利尻に到達です。利尻島に着く頃には雨も止み、美しい夕日が明日の快晴を予感させました。






強風の野寒布岬 / 稚内から利尻島へ

1 件のコメント:

climbingrose さんのコメント...

私も北海道をひとまわりしたことある。自動車をフェリーで大洗から苫小牧まで積んで行った。それから北上して時計回り。19日間の長いドライブ旅行でした。ずいぶん前のことですが。安宿や民宿泊まった。楽しかったですよ。