



自然と旅を巡る徒然日記
「被災地にクライマーを送ろう」という活動をしています。わしの知り合いの範囲内で始めた運動ですが、ありがたいことに「知り合いの知り合い」とか多くの方から問い合わせが来るようになりました。そいう方には直接内容をお話していないので、今日から毎日、事前に知っておくべきことを掲載させていただきます。
1.「ボランティア」とは:「ボラント」という語源が示す通り、「意志」で行う行動です。ボランティアは自分の「善意」という意志のもとに行う活動です。ですから「かえりみ」を期待しないものであり、時間的、労働力的、経済的犠牲を払うことも心得ていなくてはなりません。しかし、我々の場合、「意志と時間と体力はあるがお金がない」というクライマーを被災地に送るため、「行きたいけど行けない。でもお金ならちょっと出せる」というクライマーが、交通費の一部を支援する形をとっています。資金的な援助も立派なボランティアです。
2.今回の活動形態:全国各地にYMCA(キリスト教青年会)という組織が独立して存在します。今回の現場である宮古市の近くには、盛岡YMCAがあります。全国のYMCAを横につなぐためのYMCA同盟というのが東京の四ツ谷にあります.盛岡YMCAは宮古を拠点に震災ボランティアの活動を始めますが、YMCA同盟の直接的支援と調整により、もと私の職場であった横浜YMCAもその支援に当たることになりました。そこで「被災地で自活して働けるボランティアとして、クライマーや山屋の協力が得られないか」と話があったのです。ですから、今回我々はYMCAの活動をお手伝いする立場で働きます。
3.なぜクライマーを送るのか:自然災害の被災地というのは、水、電気、ガスなどのライフラインが止まってしまったところが多いのです。そういうところにボランティア拠点を立ち上げるためには、まずそういう環境で自活できる能力があることが第1条件になります。ある程度ライフラインが整ってきても、一般ボランティアの中には自分の身の回りのことを自分でできなくて、かえって現地の迷惑になってしまうものも多くいます。その1点において、クライマーや山屋は心配ありません。ですから、今はクライマーを現地に送るのです。クライマーはほかにも被災地で役に立ちそうな技能を持ち合わせていることと思います。しかし、最初の段階ではそういう作業は自衛隊や、消防のレスキュー隊が受け持ちます。ですから、作業自体は「一般ボランティアでもできるのではないか」と思われる地味な仕事です。しかし、そこで生活しながら、ということを考えると、やっぱり我々クライマーでないと務まらないのです。
4.ボランティア拠点の立ち上げ作業とは:一つは「物理的な整備」、つまり土木作業です。一般ボランティアが入れる施設を整備する作業です。泥だらけになり、服はボロボロになるかもしれません。二つ目は「聞き取り調査」です。地元のニーズを探り、これからどんな支援が必要なのかを探る作業です。しかし、この作業にはもう一つ大切な目的があります。それは地元に信頼され、受け入れられるためのコミュニケーションなのです。「聞き取り調査」とは微妙な作業で、あまり力んでニーズを探ることだけに一生懸命になると、被災者の方からうるさがられることもあるようです。でも相手だっていろいろ聞いてほしいことだってあるはずなのです。そんなことを聴いているうちに、本当にその人が必要としていることも聴きだせるのではないかと思います。
「どんなボランティアが望ましいか」と書きましたが、必須条件というのもあります。そのうえで「望ましい」ことも加えられます。以下に書くことは、私の知識ではなく、今回一生懸命勉強して得たこと、または今回の参加者から得たもので、何かの資料のコピーも含まれるかもしれませんが、どうぞ確認してください。
自活できること:これは必須条件です。被災地では救援物資もままならない状態だと考えたほうがよいでしょう。「行けば食料や寝るところは与えられる」と考えていくと大間違いです。そういうことで現地を頼ると、現地では大変なお荷物になってしまいます。しかし、我々の活動拠点では、今現在、クライマーや山屋にとっては、山の生活を考えればむしろ「快適」と言えるほど整備されてきたそうです。第1陣、第2陣に感謝します。
被災者の目線で見ることができるということ:被災者にとっては被災地は「わが町、わが故郷」、我々にとってみればごみの山に見えても「かけがえのないもの」、被災者は単なる「被災者」ではなく、ひとりひとりバックボーンの違う「個人」です。その人と同じ目線でみて、感じ取ることができることが大切です。
協調性が大切:被災者に対しても共に働く者に対しても、協調性が大切です。勝手な行動、自分の考えの押しつけ、相手を否定するような言動は被災地で受け入れられないとともに、一緒に働く者を傷つけたり、気持ちよく働ける環境を無くすことになります。
精神的にタフであれ:といっても、いまさら性格は変えられないかもしれません。1週間も非日常生活を続けていると、誰でも多少は普段の精神状態とは違ってきます。しかも被災地の現状を目の当たりにしながら、初めてあった人たちと過していれば、そうなるのも不思議ではありません。じわじわと自分の精神状態がくるってくることは、多くの災害ボランティア経験者が語るところです。真面目な性格の人は特にそうなりやすいようです。「小さいことは気にするな」。とはいえ被災者に対しては細かい気配りが必要です。しかし、共に働く仲間に多少気になることがあっても、少しぐらいボランティアの組織がうまくいってなくても、「小さいことは気にするな」ということです。誤解を恐れずいうと、我々が目いっぱいがんばったところで、それは被災地が完全復興するまでのエネルギーからすれば何万分の1です。もちろん頑張るのですが、頑張りすぎて自分の精神状態がおかしくなってしまっては、出せるエネルギーも半減してしまうし、「良かれ」と思って発言しても、いらいらしながら発言するのは、かえって混乱を引き起こすことになります。おおらかさも必要です。
復興の主役は被災者自信:復興させなくてはいけないのは、被災者の町、被災者の生活です。我々はそれを支援するのです。あくまでも我々は支援者であり脇役です。主役は被災者本人です。そういう気持ちが必要です。
災害ボランティアのベテランはいない:といっても本当はいるかもしれません。しかし、こんな災害は人生の中で何度もあるものではありません。だから拠点のコーディネーターにしても、初めての仕事かもしれませんし、経験者出合っても、それほど現場を経験できるものではありません。だから皆手探りでやらなければならないのです。皆で作り上げていくのです。人の指示を待っていてもやるべきことは生まれません。自分で探し、自分で考え、そして皆で話し合うことが大切です